東日本大震災 がんばれ日本 房総を救う
4月に被災地支援に関わるボランティアに参加してまいりました。
私自身、現状をお伝えすることが不謹慎ではないかとの思いもあったのですが、現地でお話を聞き、「この事実を写真や言葉で隠さず伝え続けて欲しい」との願いを受けお伝えする事にいたしました。
H23.3.11 東日本大震災


東北地方が壊滅的被害で多くの命が失われました。戦争でもこんなたくさんの命は失われないそうです。
私たち千葉房総半島も別のプレートに引っかからなければ本来は18メートルの津波に襲われていたと聞きました。
直接被害はなくとも観光が盛んな房総半島は2次被害で今も大打撃を受け苦しんでいます。
当社は皆様のご家庭・企業人生における経済的打撃を保険をとおしてなくし、生涯お守りする・笑顔を集めることを使命・お約束をしてまいりました。
しかし、
地元でボランティア、経営者向け助成金セミナー等いくつか取り組んでは見たものの、やはり何もできない無力感と悔しさでもんもんと日々が過ぎました。いつかはこの房総にも地震・津波は来ます。
そのときに当社に何ができるのか?
寝袋と食料を積み込みボランティアへ参加しました。



いてもたってもいられなくなり、とにかく何とかしたいと思い石巻へ寝袋と食料を積み込みボランティアへ参加しました。
私が参加させて頂いた場所は宮城県石巻。川が津波で決壊し、町が津波で一階の鴨居部分まで浸水流されてしまった地区。
お話によると、自宅2階でとなりの家の子供達と自衛隊が救助に来るまで3日半、少しあったお菓子を食べて寒い中待っていたそうです。
水が引くと外には人が倒れている。家の中は20センチほどの真っ黒なヘドロに埋まり刺激臭立ち込める悲惨な状態。
そんな中、ボランティアとして活動することは中に流れ込んだ家財などとヘドロを道路へ出しきれいにすること。
必死で3日間ヘドロまみれで終えました。現地で一緒になったボランティアの方々も本当に必死に取り組む姿がありました。
お昼ごはんは被災された家の方々が家に届いている物資からカップラーメンやクロワッサンをご馳走してくれました。 とてもよくしてくれました。
結果10日間10人~20人体制で(私は3日間参加)、家6件とお寺さんの瓦礫撤去・ヘドロ出し・掃除。しかし基礎の部分に詰まったヘドロまでは取れない為 その後使えるのかわからない状態。
町全体に家はあるのに・・・
石巻から北へ50Km 南三陸町・気仙沼は本当に町が瓦礫に変わってしまって何キロにもわたって壊滅状態。自衛隊が瓦礫を別の瓦礫の場所へ運んでいる。
現実だったんだと気づいた瞬間

ボランティアを終え8時間かけ高速で房総に着いて市内へ下ってくると、本気で町が瓦礫になっているのではないかと錯覚に陥りました。町があったときには胸をなでおろしました。
次の日ご飯を食べにレストランへ入ると、周りには普通にご飯を食べている家族や子どもたち。
涙が出てきました。昨日まで見ていた瓦礫の場所にはこの当たり前の風景があったのだ。家族・子ども達みんないたのだ。
みんな亡くなってしまったんだ。現実だったんだと気づいた瞬間でした。
私がこのボランティアに参加してみて感じたこと
私がこのボランティアに参加してみて感じたことは、
被災に遭った方々の家族を亡くした想像を絶するかなしさ。
家・財産・仕事場が失われてしまいこれから生きていく為のとてつもない不安と現実。
前向きに明るく生きている人間の強さ
復旧作業に尽力している自衛隊・国・ボランティア等それに関わるすべての方々のご苦労
私達が当たり前に生きていることの幸せ。
まだまだ復旧までとんでもなく時間がかかります日本全体で小さいことからでもできることはたくさんあります。
なんでもいい。思いと行動を届けていきましょう!
がんばろう東北!!! がんばろう日本!!!
一緒に勉強した同期生との再会



お寺でヘドロを運んでいました。
思わぬ人が私の目の前に。ひげ面でバックを片手に。有難うございます!という
家住(いえずみ)さん!!!
私が今の会社を起業する前、一緒に全国で勉強した同期生でした。今回の震災で家と会社が流されたと聞いていました。
聞くと、妻と子供は無事で今は妻の実家にいるということでした。今は地震保険の支払い手配に一軒一軒回っているというのです!!!まずはお客様、最後に自分の地震保険の申請をすると言います。涙が出そうになりました。
見てきた町はすべて一階浸水ヘドロまみれ。当然 家はもう使えないように思われました。家・家財・車 等々 財産はもうないんです。そんな状態で家住さん、大丈夫ですか?と
地震保険に加入していて 建物2000万円 家財1500万円 通常は50%までしか加入できませんが、超保険という東京海上の保険で、上乗せで100%加入していたそう。なんと、3500万円支払われる予定というのです。
えーっ !!! 大丈夫じゃないですか!!!
そういえば家を片付けていたら 地震保険の鑑定人の方が来て、
今回の地震から津波の支払い規定が変わり、浸水が 基礎部分で一部損(5%支払い)、床上で半損(半分支払い) 一階鴨居部分まで浸水で全損(全額支払い)。すぐお金が支払われるように変わったと言っていた!!!
そーか これだっ!!!
当社がこれから房総のためにできること。

気仙沼や南三陸町でも いたるところに市で設置した津波予想到達地点の標識 が 道路標識ほどの大きさであったのです。
南房総も元禄地震の津波到達地点という看板があるのを見たことがある!!!でもみんな気に留めない。
この看板をもっとわかりやすく目に付くように張り出し、広報などで流し周知してもらえばいい。命さえ助かれば、その地域の方々には地震保険に加入して頂いていれば、
家族が町が復旧できるではないか!
房総を救える!
保険を扱う会社を経営していて気づくのが遅いと言われそうですが本当に心からそう思ったのです!震災が起きてしまった後では本当に人間の力は無力で実はボランティアで、本当に少ししか力になれなかったと自分の小ささに無力感さえ感じていたところでした。
しかし
私は、国民の税金がほぼ8割も占めている公共性の高い(自賠責や健康保険と同じような国の保険といってもいいと思います。)地震保険を取り扱っている。
将来本当に房総に住む方々の家族、生活を何千人と救えるんだ!と心から思いました。
只今私は使命感に燃えています!
私は本気で将来の房総を救いたい!
当社は房総を救います!
心から感謝申し上げます。
このような機会をいただき統括して声をかけて頂いた、
群馬・茨城 (株)エキスパート 後藤会長
大災害時看護士がチームを組み被災地に向かうボランティア集団がある。私達保険を扱う企業にもその使命があると全国でボランティアチーム結成を呼びかけて頂いた、
東京都 (株)町田中央保険 細川氏
テントを張る敷地、物資の送り先・市役所とのボランティアルートを作って頂いた、
アルマック仙台 佐々木社長
心から感謝申し上げます。
これからも当社は人の命・人生 企業の社命をお守りしているという使命感を持ち日々精進していこうと思います。
ありがとうの数NO1'を心から目指します。
リスクマネージメント株式会社